愛し方を学ぶ前に、
嘘のつき方を覚えた。
モントリオールの広告代理店で働くトムは、交通事故で死んだ恋人・ギヨームの葬儀に出席するため、彼の実家である農場を訪れた。そこでトムは、ギヨームの兄・フランシスから母親にはゲイの恋人だったことを隠し、単なる友人だと嘘をつくよう強要され…。
本日紹介する作品は『トム・アット・ザ・ファーム』です。グラヴィエ・ドラン監督兼主演の、サイコホラーなカナダ(+フランス)映画。
疑問の残るラストシーンと、印象的なエンディングテーマで余韻に浸った方も多いかもしれません。2013年に発表された本作品について考察していきます。
映画情報(キャスト・スタッフ)
キャスト
トム:グザヴィエ・ドラン
フランシス:ピエール=イヴ・カルディナル
サラ:エヴリーヌ・ブロシュ
アガット:リズ・ロワ
バーテンダー:エマニュエル・タドロス
ジャック・ラヴァレ
アンヌ・カロン
監督
グザヴィエ・ドラン
脚本
グザヴィエ・ドラン
ミシェル・マルク・ブシャール
配給
アップリンク
制作年
2013年
登場人物(キャラクター紹介)
トム(グザヴィエ・ドラン)
広告代理店で働く若い青年。モントリオールに住んでいる。
#金髪 #小柄 #細身 #美人 #20代 #ゲイ #強気 #健気 #同情
イカれた田舎者が何言ってやがる
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』00:27:53、アップリンク
ケリをつけるまで帰さない?
自分でやれってんだ バカ野郎
勝手にしやがれ
ギヨーム
トムの恋人。同じ広告代理店に勤める。交通事故で亡くなった。享年25歳。
フランシス(ピエール=イヴ・カルディナル)
ギヨームの兄。実家の農家で牛たちの面倒を見ている。
#黒髪 #長身 #筋肉質 #イケメン #30歳 #バイセクシャル #衝動的 #暴力 #支配
世間の連中に興味はない
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』00:36:26、アップリンク
向こうも俺に構わない
アガット(リズ・ロワ)
ギヨームとフランシスの母。未亡人。
#白髪 #女性 #古風 #したたか
エッチね
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』00:45:14、アップリンク
エッチ
笑うってステキ
サラ(エヴリーヌ・ブロシュ)
ギヨームの偽装の恋人(女性)。トムと同じ広告代理店で働く。
#茶髪 #女性 #強気 #優しい
芝居をしろと頼んでおいて
何が本物よ
彼は母親にウソをついてた正直な恋人だったの?
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』01:13:34、アップリンク
あらすじ
- ギヨーム、交通事故で死去
(ギヨーム=トムの恋人)
- トム、葬儀のためにギヨームの実家を訪問
(トム=本作の主人公)
- トム、アガットと出会う
(アガット=ギヨームの母)
- トム、フランシスと出会い
「母(アガット)にギヨームの恋人だったと言うな」と脅される(フランシス=ギヨームの兄)
- フランシス、架空の恋人“サラ”がいる演技をしろとトムに強要
- トム、“サラ”は実在する同僚の女性だったことを知る
ギヨームとサラがキスをしている写真をフランシスから見せられる
- トム、「アガットに全てを伝えて帰る」と反抗する
- フランシス、トムを暴行して支配
「一度始めたらゲームを続けろ」と脅し、“サラ”について語ることを続行
- トム、農業の手伝いをしながらアガットに“サラ”の話を続ける
- フランシス、ギヨームとよくタンゴを踊ったことを明かしてトムと踊る
- フランシス、踊りながら母親への愚痴や将来の不安を打ち明ける
- アガット、ふたりを呼びに来たところ愚痴を聞いてしまう
- フランシス、愚痴を聞かれたのはトムのせいだと逆ギレして再び暴行
- トム、同僚のサラに電話をして呼びつける
- サラ、到着するも異様な雰囲気を覚えて帰宅を要望
- トム、「農場には僕が必要だ」と帰宅を拒否
- アガット、ギヨームのノートを発見
(真実が発覚するノートだが、中身を見ていない)
- フランシス、サラをバス停まで送ると言って助手席で酒を飲ませる
(後部座席にはトムもいた)
- サラ、泥酔状態でフランシスと意気投合
- フランシス、トムを車から追い出してサラと二人きりになる
- トム、近くのバーでフランシスの「過去」を知り……
続きは本編で!
考察と解説(感想レビュー)
田舎+家業+長男+ゲイ=地獄
本作は、フランシスがトムに強要する中で起きる物語です。
「弟の恋人だったことは言うな!」
「ゲイだということを明かすな!」
「サラという彼女ががいるということにしろ!」
「サラの設定はこう! 覚えろ!」
「サラから電話で聞いたという体で思い出話をしろ!」
「思い出話をして母さんを喜ばせろ!」
フランシスは、とにかく弟がゲイだったということを隠したがっています。携帯電話の電波も入らないような田舎ということもあり、保守的な様子。
その一方で、フランシス自身がゲイなのではないかと思わせる行動を取るのです。トムが寝ているところへ襲いかかったり、上半身裸でトムの背後に寄り添ったり、トムがシャワーを浴びているのにシャワーカーテンをめくったり、トイレの個室にトムを押し込んで二人きりになったり……。
序盤から、言葉と行動が噛み合っていないキャラクター。自分の中の矛盾に気づきながらも言い出せないのは、フランシスという人間の背景があるのではないでしょうか。ここで彼の背景をまとめてみます。
この状況下で「はーい! 俺ゲイでーす! 後継者できませーん!」って言えたら、タフすぎますよね。勘当される覚悟を持ったとしても、最終的に困るのは年老いた母と牛たち。スッキリとオサラバできるような環境ではありません。
フランシスは母親に対してフラストレーションを感じている一方、愛しているのが分かります。ここには一切の矛盾もないんですよ。フランシスの中にある母への愛情だけはブレない。ただ、愛情なのか依存なのかというと、依存や「支配」に近いものを感じます。
暴力と性に支配されるフランシス
作中で、フランシスは女性から2度もビンタされます。
一度目は、母親のアゴットから。(00:42:45)
トムを機械でケガさせたと話したところ、ビンタされて黙りこむフランシス。
このシーンから分かるのは、アゴットは、息子の失敗に対して諭すような母親ではなく、殴って分からせるタイプだったこと。その結果、フランシスは母親の期待に応えようとする習性ができてしまったのでしょう。
母親を怒らせるミスを恐れた結果、ミスを誘発する人物に対し支配欲が湧いたフランシス。周りの人物に、期待通りの動きをしてもらうためには? 母親はビンタをしていた。それなら、自分も暴力で支配すればいい。トムに対する暴力性はここから始まっていたのではないかと考えられます。
その中で与えられる二度目のビンタは、サラから。(01:07:23)
このころのフランシスは、暴力でトムを支配していました。それだけに、サラのビンタは新鮮に見えたのでしょう。ビンタされた直後に「セクシーだ…」とMっぽい発言をします。その後に「ヤってやろうか あそこから血が流れるまで」と鬼畜発言。暴力の次は性を支配しようとするのも、アゴットの影響が現れているように感じられました。
映像をご覧になった方はわかると思うのですが、アゴットって妙な威圧感と有無を言わせない雰囲気があるんですよ。言葉にするわけではないけれど、「あ、多分こうしたらダメだな」みたいなのが空気で分かってしまうタイプ。「あ、多分ゲイって言ったらダメだな」と感じることは容易だったのだろうと感じるものがあります。
アゴットだけが完全に悪いのかと言うとそういうわけでもなく、「田舎町の保守的な人間」はだいたいこうなってしまいがちなんですよね。それを変える可能性があったのが「モントリオール」の風です。
モントリオールという土地
作中でトムが「モントリオール」からやってきたということが何度か強調されて出てきます。
モントリオールというと国際映画祭を思い浮かべる方が多いと思いますが、本作では「モントリオール宣言」のほうが大事な要素だと考えられます。
モントリオールの国際会議にて、2006年7月29日に議決されたLGBTQの人権の確保を求めて成立したのが「モントリオール宣言」です。その中にある一文を引用。
社会的烙印(スティグマ)や差別、性的虐待、強制や暴力から人々が解放されないかぎり「性の健康」は達成されない
引用元:性の健康世界学会「モントリオール宣言“ ミレニアムにおける性の健康“」、日本性科学連合、2006年
こうでなければいけない、そうしないものは暴力を振るってでも従わせなければならない、という考えから「不健康」になってしまっているフランシス。彼の背景を作り上げてしまったのが、保守的な田舎町です。
それを塗り替えるキッカケとなりそうだったのがトムが持ってきた「モントリオール」の風。しかしこれよりも先に、この土地には「タンゴ」の風が吹いていました。
タンゴというダンス
フランシスは若いころからタンゴやサルサを習っていた人物です。タンゴやサルサというと、男女のイメージがあるのではないでしょうか。ところが起源を遡ると、元々は男同士で踊っていたものだと分かります。
さまざまの人種が共存しているフラストレーションのはけ口として、男同士が酒場で荒々しく踊ったのが、タンゴの始まりである。次第に、娼婦を相手に踊るようになり、男女で踊るタンゴの原型が出来ていく
引用元:アルゼンチンタンゴ・ダンス協会「アルゼンチンタンゴの歴史」(http://www.tangodance.co.jp/about/argentinohistory.html)
男男ペアがおかしくなかったのに、男女ペアがメジャーになり、少数派となった男男ペア。
結果、見慣れない人からは「おかしい」「斬新」などと言われてしまう。マイノリティの苦悩を表すようなダンスです。
タンゴを踊っている最中、フランシスは母親に対する葛藤を大声で叫んでいます。ドラッグを吸い、男同士で踊りながらフラストレーションを吐き出す。そんな彼に、トムは同情してしまうのです。
ロンシャン家に支配されたトム
トムは同情こそしていたものの、最初は反抗的でした。
何だよ 触るな
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』00:23:28、アップリンク
フランシスを突き放し、帰ろうとするけれど、自分の中の罪の意識に抗えず、償うために戻ってきます。
そして“サラ”という架空の(この時点のトムは、実在する「サラ」だとは気づいていない)人物が語っていた話を、アゴットとフランシスに聞かせるのです。
彼女はこうも言ってた
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』00:33:37、アップリンク
「あなたは価値のない人間よ 役立たず 彼を死から救えなかった 泣いてもムダ」
トムが自分を「価値のない人間」「彼を死から救えなかった」と思っていたことが分かるシーン。そんな自責の念にかられるトムに対し、追い討ちをかけるのがフランシスとアゴットです。
フランシスはトムに対し直接的な暴力と嫌味。
お前の場合 性液はムダだな
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』00:58:40、アップリンク
アゴットはトムが恋人だったことを知らないので、“サラ”に対して「葬儀に来ないなんてひどい」と何度も責めています。実際に訪れた「サラ」に対しても、ふんわりと嫌味。
それにしても──葬儀に来られなくて残念だった
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』00:33:37、アップリンク
「葬儀に来ない非道な恋人」を責めた上で「きれいね」と褒めたりハグをしたりします。
美しく若い女性というだけで価値があると認められるサラ。それを目の前で眺めているトム。男性というだけで存在を隠された無価値な自分に何ができるのか。
どうせ僕は無価値な人間だ
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』01:12:28、アップリンク
次第に「無価値で生産性のない自分は、農場で働いて役立ててもらうしかない」と洗脳されてゆくのです。今まで分かりやすい狂人はフランシスしかいなかったのに、トムまでおかしくなってしまったホラー展開。
エンディングにかけての伏線
そんなトムも、ふと目が覚めます。
きっかけとなったのは3つの出来事。
1つ目は、フランシスがサラを誘惑したこと。
2つ目は、完全なる他人のバーテンダーからフランシスの過去を聞いたこと。
3つ目は、アゴットがギヨームの残した遺品を見て、本当の恋人が誰だったのかを知ったこと。
決定打となったのは遺品です。アゴットは全てを知った上で、トムに遺品を渡してくれました。面と向かってではなく、トムのベッド近くに、そっと置いてくれていただけ。それでも、アゴットが多少なり受け入れたことが伝わってきます。
「同性愛だとアゴットが悲しむ」は、フランシスの世界だけのルールだったのです。
あんたの世界のルールは知らないが もうたくさんだ
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』00:37:56、アップリンク
これは、初期のトムが「アゴットに全て打ち明けてやる」とフランシスに歯向かったときの言葉。
フランシスに殴られて服従した結果、真相を明かせずにズルズルと3週間も暮らしてしまいました。その後、アゴットがギヨームの遺品から全てを理解します。
アゴットが遺品を渡してくれた。自分は無価値ではなかった。それを知ったトムは、ギヨームの思い出だけを胸に、モントリオールへ向けて歩き始めました。
追いかけてきたフランシスは、今まで着ていなかったような服を着ています。「U.S.A.」と書かれた星条旗風のダサセーター。びっくりするほどダサい格好で、みっともないほど大声で縋るのです。
謝るよ 行くな もう傷つけない 俺はどうなる 見捨てないでくれ
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』01:35:17、アップリンク
アゴットやサラとの間に何があったのかは分かりませんが、保身のためにトムを呼び戻そうとしているのは明らか。トムはフランシスの車を乗っ取り、モントリオールへ逃げ出します。その道中に流れるエンディングソング「Going To A Town」。
辱められたことのある場所へ行く
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』01:39:39、アップリンク
失意を味わったことのある人々に会いに行く
アメリカにはもううんざりだ
「あんたの世界はもうたくさんだ」と「アメリカにはもううんざりだ」が重なる瞬間。
同情で尽くしてきたけどもう無理、というトムの主張にも見えます。
エンディングテーマが終わるころ、トムはモントリオールへ帰ってきます。
たむろする若者を眺めながら、何か思案顔。
トムがUターンするかどうかは、視聴者の想像におまかせ……というエンディング。
トムは00:28:30の時点で同じような表情をしたあと、Uターンしているんですよ。
なので「この後Uターンする」派と「この後Uターンしない」派に分かれています。
ラストまで見た人と一緒に語ると、とても面白い作品です。
ギヨームの代わりになれなかったフランシス
私は「この後Uターンしない派」です。
トムは「ギヨームの代わり」を探し、面影の似ているフランシスに依存していました。
今 残された者が 君のいない世界でできることは 君の代わりを見つけること
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』00:01:51、アップリンク
同じ匂いだ 彼の匂い 声も同じだ あの心惑わす声…
引用元:グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』01:00:56、アップリンク
時が経つにつれて、フランシスとギヨームが全然似ていないことに気づくんですよね。
ギヨームはきつく抱きしめてくれた。日曜日に浮気をしていたらしいけど、トムは一切知らなかった。
フランシスは殴るし脅してくる。目の前で他の女と遊ぶし、自分を大切にはしてくれない。
いくら匂いや声やダンスがうまいところが似ていても、「中身」があまりに違いすぎる。一番大事なのは「中身」だと気づいたトムは、もう帰らないのでしょう。ギヨームの遺品ボックスから、「中身」だけ抜いて上着の胸ポケットにしまった描写からもそう感じました。
色々な見方のある映画です。ぜひ一度ご覧ください。
おまけ:ここがエモいよ性癖にささるよ!
重ための話と考察が続いたので、最後に軽い話をしま〜す☆
タンゴを踊るシーンがBLとして萌える、といろんなところで書かれているのですが、
個人的に一番刺さった3秒のシーンがあります。
00:39:23〜00:39:26の3秒が好きィ!!!
組み敷いて、口を開けさせて、その中にツバを吐く。
撲り愛が好きな人は刺さるんじゃないでしょうか。
他にもタンゴを踊ったり(00:52:00〜)首締めたり(00:59:00〜)とエモいシーンが登場するので、深いこと考えたくないんだけどなーという方も一度ご覧ください。
劇中曲について(音楽)
劇中BGM:ガブリエル・ヤレド
『溝の中の月』『ベティ・ブルー』『イングリッシュ・ペイシェント』『リプリー』『コールド マウンテン』など映画作品の劇中曲を数多く手がける。
エンディング曲:Rufus Wainwright – Going To A Town
LGBTQを支援するフリーペーパー「Metro Weekly」にて、10代のころにゲイであることをカミングアウトしたことを語っている。
Corey Hart – Sunglasses At Night
その他の曲
- Michel Legrand – Les moulins de mon coeur
- Philippe Cohen Solal – Diferente
- Desmond Child Paroles – Pleurs Dans la Pluie
- Philippe Cohen Solal – SANTA MARIA
- Arnold Schönberg – Verklärte Nacht op. 4
ブルーレイ/DVD販売情報
初回限定版はプレミア価格がついており、中古品で40,000円〜60,000円の間で出回っています。
通常版はBlu-ray、DVDともに3,000〜4,000円台で販売されています。